若年性認知症の方との関り(9)【涙する場面、そして最後の言葉】

Aさんへのケアは、Aさんに関わることによって、ケアスタッフのスキルアップにもつながっていきました。
当初は興奮状態もあったAさんでしたが、比較的穏やかに過ごされていたのではないかと記憶しています。
ケアスタッフたちも何もわからない中で(今のように認知症研修があるわけでもない時代)
試行錯誤と悪戦苦闘を繰り返しながら、認知症の人への関り方のスキルを上げていったのです。
しかし、Aさんの身体の状況は日増しに悪くなっていき、歩行もままならなくなってしまったのです。

これまでAさんの面会は妻が来るだけでしたが、何かを察したのか、ある日Aさんの妻は学生服姿の息子を連れてきました。
まるで階段を転がり落ちるかのようにAさんの心身の機能が衰えていくなか、
妻が誘ったのか、息子さんが会いたいと言ったのか、
それは定かではありませんが、久しぶりの親子の対面がありました。

最後の言葉

化野念仏寺にて

しかしAさんは息子を前にしても何も発せず、宙を見るだけです。
その時の息子さんの寂しそうな悲しそうな表情に、ケアスタッフたちは泣きました。

「いたたまれない気持ちになった…」とある年配のケアスタッフは涙したのです。

子ども思いだったというAさん。
息子さんの記憶に残っているであろう親子3人で楽しんだ日々、
やさしかった父のまなざし、そして変わっていく父の姿。
幸せだった家庭が崩壊し、暴れまくる父の横で黙々と塗りたくられた便を拭いていた、つらく惨めな日々。
そしてそれをずっと耐えなければならなかった日々。
さらに、自分の子どもを目の前にしても何も言えない何も反応しない父…
Aさんをケアしてきたスタッフたちにとっても胸を締め付ける場面だったのです。

最後の言葉

そして時が経ち、Aさんは寝たきりとなり、残り幾ばくもない日々となっていました。
そのような状況の中でAさんは何かを繰り返し呟いていたのです。
何を言っているのか私にはわかりませんでした。
Aさんがいよいよ末期になった時、あるケアスタッフが、
Aさんが何を呟いているのかと言うことがわかったと伝えに来てくれました。

「ずっと呟いている言葉、子どもさんの名前なのよ。最期の最期までやっぱりAさんは子どもさんのことを思っているのね。」

最後の言葉

逢魔が時

不安と混乱と、愛してるよと伝えたい言葉も伝えられない、
自分でもどうすることもできない逢魔が時の暗さの中に飲み込まれても、
Aさんの心の中では子どもを思う気持ちが、その命の灯が燃え尽きるまで心の叫びとして生きていたのです。

思いを伝えられない状況になっても、愛する人を思う心は生きている。

だから認知症の人ではなく、ひとりの人なのです。

最後の言葉

次回からは、可愛いべっぴんさんの女医さんと慕われていたBさんのお話しです。

センター長の石川でした。