若年性認知症の方との関り(3)「駅に立ちすくむ」

若年性認知症の方との初めての出会い(2)
【駅に立ちすくむ】

センター長の石川です。

約35年前のことですが、若年性認知症の方との初めての出会いは、結構覚えているものです。
そして35年経っても、もしかしたら状況はあまり変わっていないのではないかとも思うのです。

過去に再び戻ります。
Aさんの最初の異変は駅でした。
改札を出てから、「え?家はどっちだ?」
と、帰る方向がわからなくなり、しばらく呆然と立ちすくんでいたのです。
不審に思った駅員が声を掛けたのです。

若年性認知症の方との関り

ここで押さえておいて欲しいことは、
今でこそ認知症の人のことを理解する人は増えてきて、
また若年性認知症があることも認識され始めてきている状況と言えます。
しかし、35年前は全く違う状況だったのです。

若年性認知症の方との関り

とてもきれいな空でした

「認知症」は「痴呆症」と言われ、痴呆性老人という、
まるで既に人間ではない扱い(あえて、扱いという言葉を使います)を受け、
社会的には「問題老人」としてのレッテルを貼られていたのです。
まして若年性認知症の方への風当たりは酷いものでした。
Aさんの家族は、家族で抱える、隠すしかないところまで追い込まれるのです。

若年性認知症の方との関り

昨夜はビーバームーンでした。

改札を出て、「あれ、どっちだっけ…」と立ちすくむときの、
Aさんの不安、恐怖、心細さは、筆舌しがたいものだったでしょう。

若年性認知症の方との関り

今、私たちは簡単に「徘徊」という言葉を使っています。(この「徘徊」は徐々に使われなくなってはきていますが)
しかし、家に帰る道がわからなくなった時の本人の切ないほどの心細さを、
どこまで理解しているかというと、やはり起こった事象にしか目が行ってないのかもしれません。

 

50代初頭、会社でもミスが多くなったAさんは、退職へと追い込まれていったのです。

(つづく)