若年性認知症の方との関り(14)【痛い記憶】

若年性認知症になられたB女医さんの最終回です。

Bさんのことでは、私はとんでもない失態と言うか、痛い記憶があります。
当時は日本でもまだ数少ない認知症の人の専用フロアがあった私が勤めていた施設は、見学者も数多く来られました。
毎日のように見学者の対応に追われるような状況でもあったのです。
私がその見学者を誘導し、フロアで説明する役割を担っていました。

その見学者たちが皆さん一様に驚く話がありました。
「若くして認知症になられたお医者さんも入所者におられます。」と。
すると、見学者は皆、へぇーと声を上げるのです。

当時はまだ若年性認知症のことはほとんど知られていない頃だったので、
私の話はセンセーショナルな話だったのです。

この頃の私は、認知症の人への敬意も尊厳の保持も、そのかけらすらない説明を、見学者に行っていたのです。
話だけではなく、認知症の人をパーソンではなく、「困った対象者」のような感じで見ていたのかもしれません。

そしてあの日も見学者を案内し、そのセンセーショナルな話をフロアで話をしていた時です。

詰所からガチャっという音が聞こえました。
当時は詰所でタバコが吸える時代でした。(職員は禁止されてましたが)
面会者や見学者は詰所でタバコが吸えたのです。
そのガチャという音は、今でこそあまり見かけなくなりましたが、
灰皿の真ん中の突起を押すと、吸い殻が中に落ちる回転式灰皿の突起を押したときの音だったのです。

その音に振り返って私が詰所を見ると、そこにBさんの夫がいたのです。
日に日に変わっていき、混乱していく妻を支えてきた人でした。

間違いなく、私の見学者への説明を夫は聞いていたでしょう。
その灰皿の音は「私の妻をさらし者にするな!」という無言の抗議だったと、私はその時気づかされました。

今でもその時のガチャ!という灰皿の音は、私にとって痛い記憶として残っています。
まさしく思い上がっていた私への戒めの音だったのです。

若年性認知症の人との関り

真ん中の突起を押すと、ガチャっという音とともにお皿が回転し、吸い殻が中に収納されます。

常にふらつきながらもなんとか歩こうとして、その都度転倒を繰り返すBさんのその姿、
そして涙を浮かべながら、大声を上げ悲壮感を訴えるその表情も、
それこそ「死に物狂いの認知症と言う病魔へ抵抗しようとする姿」であったのではないでしょうか。
同時に私たちに救いを求める姿であったのかもしれません。

私たちから見て困ってしまう行動も、
本人にとっては「必死になって生きていこうとする自分自身への生命の証」なのかもしれません。

若年性認知症の人との関り

B女医さんの話はこれで終わります。

次回からは猛烈に暴れる女性の話になります。

センター長の石川でした。