若年性認知症の方との関り(12)【私が崩壊していくということ】

Bさんの行動は激しいものでした。
常に動き回り、それでいて足元が不安定のため、
何度か転倒もありました。

そのため、頭にはラグビー選手のようなヘッドギアを付け、
腰にはパットの入ったズボンをはいてもらいました。
それでも常に目が離せない存在だったのです。

Bさんのその目はいつも潤み、いつも何かを訴えるかのように私たちを見ます。
そして大声。
恐らくは何かを訴えたい、何かを話したい、だけどその言葉が出てこない。

本当なら医者として、まだまだバリバリと働きたいはずなのに
どうしようもなく自分が崩壊していく姿への悲愴な叫びだったのかもしれません。

職員の中にBさんの診療所で働いていた看護師がいて、
「先生、先生!」
と、声を掛けます。
一瞬、何かを感じたのか、穏やかな表情になります。
医者が医者たる姿を見せた一瞬だったのかもしれません。

若年性認知症の方との関り

認知症になってもその姿は人それぞれです。
穏やかな人もいれば、そうでない人もいます。
いずれにしても、自分で望んだ道ではなかったでしょう。

Bさんからは、「こんなはずじゃない!どうして!?」という思いが強く伝わってきたのでした。

その認知症と言う病魔に襲われて、悲壮な状況に追いやられてしまった人のことを
私たちはあまりにも冷酷な目で「認知症の大変な人」という思いで見ているのかもしれません。

(つづく)

センター長の石川でした。

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