私たちはしっかりと見られている

センター長の石川です。

昨日はグループホームのケースカンファレンスに行ってきました。
9名の入居者ではありますが、されど9名。スタッフさんたちは熱く話しあってくれます。反省点も踏まえ、一生懸命さが伝わってくる時間でした。

その中で思ったことは、やはり「入居者は私たちのことをしっかりと見ている」ということでしょうか。

私たちは見られている

デイサービスの方の作品です

認知症の入居者にとって、一人で生きていくのが無理なのは本人たちも感じているでしょう。
つまり私たちケアワーカーがいないと、たちどころに生活そのものが厳しくなってしまうのです。
それだけに認知症の人にとって、ケアワーカーとの関りは死活問題ともいえるのです。
だからこそ関わるケアワーカーがどのような人なのかということを、感覚的に観察し判断していると言えます。

生きていくからには嫌な思いはしたくないという自己防衛反応も働きますから、「いや」と感じたケアワーカーには、「いや」な対応で返すか、逃避するかという行動に繋がります。

私たちは見られている

普段は私たち側から見て感じて判断することが主体で仕事をしていますが、実は「見られ、観察され、判断されている」のは私たちケアワーカー側であるということを考えてみる必要があるのではないでしょうか。

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