今も心に刺さったままの棘

センター長の石川です。

もう遥かはるか昔のことになりますが、
今も心に刺さった棘として、しっかりと残っている記憶があります。

大学を卒業してもプー太郎だった私は、京都の田舎の特養に、住み込みバイトしていました。

仕事内容はケアワークですね。
今はケアワーカーさんとか介護職員とか言いますが、当時は寮母さんと呼ばれていました。
私も寮母さんと共に、排せつ、入浴、食事介助等を行っていたのです。

その寮母さんたちが「あの年寄りは!」と、
ある入所者の男性に対する不満をいつも一杯話をしていたのです。
その男性は、食事を持っていくたびに、「こんなものいらん!俺はウナギしか食べへん!」と言って、
お盆をひっくり返すのでした。

寮母さんたちの不満の大きさに、その時私は「ええかっこ」したかったのでしょうか。
「それじゃ、僕が行って怒ってきます!」
と当時はまだ血気盛んだった私は、その男性の所に行き
「なんでそんなわがままばかり言うんや!もっと若い人に慕われる年寄にならなあかんやないか!」
と、怒鳴ったのです。
職員室に帰り、意気揚々に「叱ってきましたよ!」って、報告したことも覚えています。

今も心に刺さったままの棘

ある日、私がとてもお世話になっていた恩師にそのことを話しました。
「あまりにもわがままばかり言う年寄りがいたんで、若い人に慕われる年寄にならなあかん!って怒鳴ってやったんです。」
まさしく、私にはその行動が自慢だったわけです。

しかし、恩師は哀しい表情を浮かべ、一言「君はまだ若いなぁ…」とだけ返してくれました。
その時です。
「あれ?」と思ったのです。

自分自身は正しい行動をしたと思ったのに、
恩師はそれをその表情から「気づけよ」って言われていたように思いました。
もしかして、意気揚々と、まるで正義の味方のように利用者を怒鳴って帰ってきたこと、そのことが自慢だった自分。
でもそれが間違っていたとしたら…

今も心に刺さったままの棘

その男性が何故ウナギを食べたかったのか…
私はその方のことを調べました。

その男性には視力低下がありました。
当時「ウナギに含まれるビタミンは目にいい」と聞いていた男性は、
日に日に見えなくなっていく恐怖と不安の中、毎日でもウナギを食べたい、目が少しでも良くなって欲しい!
そんな切実なる願いから来ていた行動だったのです。

そのこともわからず、私はその人に対し、怒鳴り、そしてそのことが自慢だと思っていたのです。
二十代前半の若造に怒鳴られたその男性は、どんなにつらかったことでしょうか。
取り返しのつかない私の行動でした。

ある日、ある寮母さんがその男性のためにウナギを買ってきてくれていました。
男性は涙ながらにそのことに感謝し、ウナギを食べておられました。

今も心に刺さったままの棘

もし私に気づきを与えてくれた恩師がいなければ、私はどうなっていたのだろうか。
「気づき」を与えてくれる存在の人がいること。
大切なことだと思います。

この私の最低最悪な失敗という棘は、
私自身への戒めとして、40年以上経っても私の心から抜かずにそのままにしています。

高齢者(利用者)に向かって怒鳴っても、それは後味の悪さにしかならないのです。

前の記事

幾星霜の相好(1)

次の記事

幾星霜の相好(2)