人は変われるか?ケアワークにおいて①

センター長の石川です

人は変われるのか? その確信を持ったラグビー選手の話を前回書きました。
しかし、本当に人は変われるか?と言われると、かなり難しいことかもしれません。
一人ひとり違うということは、それぞれに個性があり、
その個性があるからこそ、この世の中は成り立っていると言えます。
もちろん、人は変われるかは、個性まで変えろと言ってるわけではありません。
ここでは、ケア職員としての在り方を問うと言うことになります。

つまり前回書いたラグビー選手が、自分の天性にかまけて努力もせず、チームワークも関係なく試合に出ていたのが、
人が変わったかのように練習に励み、チームワークに貢献したラグビー選手になったように、
ケアの世界で働くものとして、ケアワークに対しての心構えと言うか、在り方が変わっていけるのか?
ということがテーマになります。

おそらくは、半日講座ぐらい開けるかなというぐらいのボリュームになりそうですが、
少しずつ小出しに書いていきます。

人は変われるか

今日の生駒山です

そもそも人には(と言うか生命体には)「生きていくためにあらゆる手段を使う」という本能が備わっています。
憎きコロナウイルスにしてもそうです。
ウイルスの変異が今私たちにとって脅威になっていますが、ウイルスにとっては生きていくがゆえの変異なのでしょう。
しかし人が沢山死んでしまっては自分たちが宿るところがなくなってしまうので、
数年後には弱毒化して生き残ると言われています。
或いは人間に宿るのをやめて、奈良の鹿に宿り、形を変えてシカウイルスになって再び人間を襲うかもしれません。
まぁこれは空想ですが。

人は変われるか

ホテルニューわかさHPより 宿泊してね。関係者ではないけれど。

話が随分それてしまいました。

つまり人にも生きるための「自己防衛機能」が備わっているのです。
この自己防衛機能があるがゆえに、人の心構えが変わると言うのは至難の業になってきます。

例えば、何か失敗したときに上司から責められた時の「言い訳」はまさしく自己防衛機能が働いている姿だと言えます。
「仕方なかった、わからなかった、どうしようもなかった」などの言葉を並べて、
自分は悪くないと、自分の心のダメージや立場を悪くすることを防ぐための必死の行動と言えます。

人は変われるか

昨夕、野口さんに手を振りました。

ニュアンスは異なりますが、私たちが認知症の人に押してしまう「作話」と言うレッテル。
はたから見れば、在りもしない、出来もしないことを必死になって話す姿は、
私たちにとって困った行動として「作話あり」と判断しますが、
しかしその行動は、認知症の人にとって、自分は大丈夫、しっかりしている、問題ないと、
必死に「認知症」という病魔に対抗し、生きていこうとする自己防衛反応の姿ともいえるのです。

では、ケアスタッフはどうすればその心構えが変わっていくのか?
ひとつの方法として、この「自己防衛機能」を逆に活用すると言うものがあります。

人は変われるか

ちょっと先まで、to be continued